書こうと思うと、書けない。感じようと思わないとも、感じるというのに。例えば、細かい雲の内に水滴の思念を読み取ろうとする自らの思念を描こうと思うと、僕は誰に媚びついているのだろうと疑問が過ぎる。
そうじゃないだろ。言葉は書くために書く訳ではないだろ。はるか昔の声が細い機動的喜怒哀楽を通り越して、三十センチメートル上の僕の耳鼻に届くと、僕はタイプする指先を止めている。書くしかないために、書くのではないかと。消去法生命の先にある想いにこそ、半生と影法師を包めた「人間」が宿る。そうだろ? と俺は誰かに聞いてる。返事は月が東から昇っても、まだ返ってこない。そうか。俺は思う。俺は今孤独だからこそ、俺の道を歩めているのだと。柔く脆いこの信念を貫くには、孤独しか道はないのかと。
気がつくと、今まで隠されていた孤独の先の微笑みみたいなものを俺は眼の端っこの方で捉えることが出来ている。歴史の中に隠れている門外不出の孤独と手を繋いで輪を作ってみると、今度はどうだろう。少しは僕の世界に対する堪忍なる袋の嵩が増したような気もする。月が東に昇り、日が西に沈むように。孤独を深めると、浅瀬の愛が恋しくなってしまうのは、隠しきれない性欲のせいだろうか。あるいは・・。
