そうか。雨は嫌いか。

首筋の向こうに首筋の向こうに首筋の向こうに、振り向いているあの表情がどうもきな臭いことを、僕は醤油の袋を破りながら小粒納豆をかき混ぜながら思い返し続けている。意識的に記憶の底から釣り糸を引っ掛けるように、ひょいっと思考の域に引っ張り上げた彼女の微笑みの真意。僕はそれをあの日の一瞬のうちに探っている。

人並みに直観が鈍い僕に眼聡い彼女が与えた違和感に、何かが含まれているような気がして仕方がない。むず痒いまでの秘匿感。彼女がその箱をわずかに開いたような。それは例えば。大丈夫?の三文字を僕の口から望んでいたような。僕が守るよ。ありきたりな綺麗事を欲しがっていたような。奥底に寝転んでいる純真さを一瞬だけ、世間の波に紛れて放射したような。間違いなく、あれは、そういった類の寂しさであった。涙などとうに枯れた後の苦しさであった。

それから僕は僕の道を歩んでいるし、彼女もまた彼女の道を歩んでいる。別に、今になって思い出すのは、彼女の類稀な気遣いだったり、無理してでも空気を弾ませようとする他人想いだったりするけれど。ここに後悔がある訳ではない。あの時もっと。なんてこと、あの時に思えるはずもなかったから。成長というものは、時に、たいそう長い時間を要するものなのだ。そして今になって、僕はそのことに気がついたのだ。はっと、自らの愚かさと自己本位さに打たれるように。僕は彼女のことが好きなのだ。そして、今でも、彼女を好きでいるのだ。人として。彼女は迷いながら生き抜く人であるべきであるから。

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